ぱっとやごうのジャズ千夜一夜物語

第2夜 君がここにいる

小雨がぱらついていた。君が2ヶ月の旅に出る前日の夜だった。 僕は君の顔を見るのもこれが最後だと思った。 いつものようにさりげないおやすみを交わして君の家の前から車を出発させると、傘も差さずに見送る君の姿がバックミラーにぼんやり見えた。 涙が出てきて風景がかすんで見えた。

─ 2ヶ月だけのお別れじゃないんだ。本当にさよならなんだ ─

君は知らないかもしれない、でも薄々は知っているかもしれない。 割と淡々とした2ヶ月分だけお別れのやりとり。 僕の心の中なんて君に説明出来ようはずも無い。

─ ごめんね、僕だってもっと君といたかった。 君が捨てられないもの、僕が捨てられないもの、理解は出来る。 でもこれ以上は無理だ、二つは選べない ─

君との将来をあきらめた少し肌寒い夜に、カーステレオから流れているのはあまりにその場面に似つかわしくないSONNY CRISSの『GO MAN』だった。 僕はやりきれない思いでFMラジオに切り替えた。 今井美樹の声をぼんやり聞いていたような気がする。

あれから10年の歳月が流れた。


「おとーさん、パソコンまだ空かない?」

せんべいをかじりながらカタログ雑誌を見ている君が顔も上げずに聞く。 せっかく胸一杯の頃を思い返しているのというのに君は呑気にせんべいをかじり、しかも顔も上げずにそんな風に聞く。

『おとーさん』か ‥

何だかおかしくなってくすくす笑う。 僕は時々大切な事を忘れてしまう。

─ 君がここにいる ─

GO MAN / SONNY CRISS

1956年 IMPERIAL

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