ぱっとやごうのジャズ千夜一夜物語

前書き

愛知県知立市に今年で30周年を迎えるGOOD BAITというJAZZ喫茶があります。 これからシリーズで時々取り上げようとしているのが15年ほど前のこの店の落書き帳に僕が書き込んだ落書きの転記です。

当時そのあたりの会社の独身寮に住んでいた僕は、会社を定時で終えるとそこに『帰宅』し、 店で知り合った仲間と食事に出掛け、食事を終えるともう一度店に『帰宅』し、閉店までJAZZを聴いたり店のノートに落書きをしたりして、閉店まで過ごす事が日常となっていました。 先日仕事で近くに寄った際にマスタの神谷年幸氏より当時のノートをお借りしてきました。 何か千夜一夜にのせるネタは無いかと思いお借りしたのですが、JAZZ喫茶の落書き帳とは思えない内容の濃さに今更ながら驚いてしまい、 連日深夜まで懐かしく、また新鮮に読み耽っています。 亡くなってしまった友人や、今では行方の知れない友人とのやりとりや、それぞれの書き手の文章のすばらしさに言葉では言い表せない感慨深さがあります。 ぜひ公開したい僕以外の文章もたくさんあるのですが、それはやはり許されないと思うので、僕の文章の中で何とかまともなものをPICK UPします。

─ ちなみにその当時で落書き帳は120冊目になろうかとしていました ─

それでは第一回の始まり始まり。


第7夜 GOOD BAITの落書き帳 その1 ナカイさんの事

ナカイさんが亡くなってちょうど一年くらいになる。

僕が19歳の秋から冬、ほんの3ヶ月ばかりだけど僕の感受性を刺激しつづけた先輩である。 友人を作ろうとしなかったナカイさんは、なぜか僕だけはかわいがってくれ、知らない世界へ僕を連れて行ってくれた。 学生生活の中であの3ヶ月だけが特別にはめ込まれた様な、トランス状態の様な不思議な時間だった。


ナカイさん、突然大学を辞めていなくなってしまった。 ぼくは嘘のようにすんなりと普通の学生に戻って授業に出たり勉強を始めたりした。 ある朝、僕のあこがれていた木元さんというヨット部の女性にバス停で出喰わした。

「久しぶりね。ナカイ君は元気?」

─ そうか、僕とナカイさんは連絡を取り合って当たり前だと思っているのだな ─

「いえ、全然連絡とか無しです」と言うと、

「会いたいなぁ‥」と、ぽつり木元さんは言った。 良く分からないけどこっちまで切なくなる言い方だった。


本当に偶然とはおもしろいもので、 その翌日にボクシングの試合用の靴下を買いに心斎橋をふらふら歩いていると、ばったりとナカイさんに出喰わした。

「木元さんがね、会いたいなぁって言ってましたよ。何だか‥」

「ああ、木元か‥あれは良い子だよね‥」

何だかまた切なくなった。 ずいぶん後になって二人がかつて付き合っていた事を知った。 とにかくそうやって心斎橋で出喰わした僕達は道頓堀沿いの『WAVE』という何の変哲も無い喫茶店に行った。 しばらく話しているうちにナカイさんが「あの娘‥」と言って眼で僕に合図を送る。 見るとちょっと表現し難い美人が理由ありげに窓際で川を眺めている。

「おれ、ちょっとお話してくる。」

ナカイさんは突然席を立って彼女の方に歩み寄り、しばらく身振り手振りでやりとりを交わした後でこちらに戻ってきて、「おいで。いくで」 と言った。

「え!?何か様子変ですね?知り合いですか?」とか何とかたずねたと思う。

「あの娘な、しゃべられへんみたいや。それでな、俺は声かけた。そやから一緒にお茶を飲む。ええな」

「あ、はい‥」

ナカイさんをすごいと思った。 まるで手品師のようだった。 おかげで何のぎくしゃくした感じも無く僕達は本当に自然なやりとりで楽しい時間を過ごした。 店を出て彼女と別れてからナカイさんは僕に言った。

「勘違いしたらあかんで。別に何もええ事したわけとちゃう。みんなフラットなんや」

今でも印象に残っている一言である。


次に、ナカイさんに会ったのが3年ほど前、今から思えばあれが最後だった。 天王寺の『プランタン』の奥の喫茶店に入ると、ウェイター姿のナカイさんが僕の肩をポンと叩いたのである。

「あれまー」

突然の嬉しい出会いに僕はまぬけな反応をした。

「ひさしぶり。『いかにも』の彼女やねぇ」とナカイさんは言った。

むっとした彼女に「(こちら)ナカイさん」 と言うと、 それだけで彼女は少しあらたまって自己紹介をした。 そんなにたくさん話す間も無く、 「マスター、電話です」と言う声が掛かり店の奥の方に戻るナカイさんは、途中で振り返って「ゆっくりしていって。となりも使ってや。ただにしとくわ」 と言って、ニヤッと笑って小走りに消えていった。 となりはラブホテルだった。


昨年秋の友人の結婚式の時にナカイさんの事故の話を始めて知った。 大阪の方の新聞にはしっかり出ていたそうで、皆、僕が何も知らない事に驚いていた。 「須磨の海岸で白い灰になって死ぬんや」と、いつも冗談を言っていたナカイさんは、神戸の街で交通事故で亡くなったと言う。


自分が不甲斐なくなった時、僕は故人の遺産を確実に引き継いで行く義務のようなものを噛み締める。

昨夜はナカイさんと大学のキャンパスでフリスビーをする変な夢を見た。 多分、『心の重さを外側までにじみださせるな。淡々とやれ』と言う事なのだろう。 『眉間にしわなど寄せずにおまえらしくやれ』と。


ナカイさんは時々今でも僕を叱ってくれる。


今日のベイト出し物

LAST YEAR’S WALTZ / STEVE KUHN

1958 MILES / MILES DAVIS ON

BROADWAY VOL1 / PAUL MOTIAN

LAST YEAR’S WALTZ / STEVE KUHN

1981年 ECM

閉じる

Copyright (C) 2000 ri-ki@ri-ki.com. All Rights Reserved.