ぱっとやごうのジャズ千夜一夜物語
第16夜 別冊:ぱっとやごうのハワイアン千夜一夜 散歩
「3階のベランダにハワイアン聞きに行こうか?」
僕が言うとかろうじて動く左手で親父がOKサインを出す。 少し笑っている風に見える。 ほとんど何を言っているかわからなくなってから一月半になっちまった。
─ 何もしてやれないな ─ そんな事を思いながら車椅子を押してエレベーターで3階まで上がっていく。
携帯用の小さなCDプレーヤーを病院に持っていって、 親父の妹(つまり僕のおばさん)が持って来てくれたハワイアンのCDを聞かせたんだ。
─ 大橋節夫とハニーアイランダーズ?? ─
親父はよくボサノバなんかは聞いてたけどハワイアンを聞いてたという記憶はほとんど無かったんだけど、 おばさんが「これが良いのよ」と言うものだから。
長い廊下を渡りきってベランダのドアを開けるといい風がスーッと入ってきた。
─ 夏じゃ無いみたい ─
で、帽子をかぶせて、それでも日陰を捜してCDのスイッチをONにした。
スチールギター。セブンスコード。まさにハワイアン。 脳天気でこんな状況にはちょうど良い。
─ でも何でハワイアン? ─
そんな風に思いながらぼーっと聞いていた。
ふと気付くと親父が左手で明らかにリズムを取ってる!?
─ おどろいたな。この間、黒いオルフェを聞かせたときとは大違いだ ─
軽快なリズムの中でしばらくちょっとだけ幸せな時間が経過した。 目をつぶって小さくリズムを取っていた親父の動きが止まったので、気持ちよく、うとうとし始めたのかな、と思った。
音楽は『A LITTLE BAMBOO BRIDGE』という明るくて切ない曲だ。
『ちいさな橋よ 竹の橋のし〜た 恋も夢も流れてゆく〜』
帽子の角度を直してやろうと親父の顔に眼をやると、涙が頬を伝っていた。 それを見た瞬間に僕も泣いていた。 どれ位時間が経ったのだろう、ふと気付くと母親がいつの間にかそばにいて、同じように泣いている。 夏の風通しの良いベランダで脳天気なハワイアンを聞きながら泣いてる親子。 今度は何だかちょっと気恥ずかしくなって小さく笑う。
母親がぽつりと言う。
「あんたには言った事が無いでしょ。この人バンドでこういうの歌ってたんだって」
親父に、おふくろに、そして僕にどんな思いが去来しているのだろう。
いつの間にか一回りしたCDからまたさっきのメロディーが流れてくる。
『ちいさな橋よ 竹の橋のし〜た 恋も夢も流れてゆく〜』
大橋節夫とハニーアイランダーズ
バロン男爵のコメント ─ ドライブ ─ 【2004年7月31日 14:35】
つい先日のこと。父と母、僕の3人で日帰りで温泉地へドライブという、非常に珍しいことになりました。
およそ音楽とは無縁の父のカーステには軍歌のカセットが入ったきりなので、 リキさんも紹介しているDONNY HATHAWAYの新発表となったLIVE CDを持ち込み、やや小さめの音で流していました。 このCDで初めて発表されたトラックでDONNYがSTEVIE WONDERの”SUPER WOMAN”をカバーしているのですが、 これを聞いている途中で母が「これは、あの目の見えない人が歌ってるの?」と聞きます。 母が音楽のことを尋ねてきたことにビックリしている僕の横で、父が間髪入れず 「違う。声が若い。」と。 僕はもう夢でも見てるのかと思うくらい、混乱しました。 ここにいるのは本当にNHKのど自慢しか聞かない自分の親なのか?? 意外と親のことなんて何にも知らないのかもなと思っていたところに、 やごうさんの素晴らしい『散歩』を読ませてもらい、つられて書いちゃいました。 何の感動もありませんが、ご容赦を。