ぱっとやごうのジャズ千夜一夜物語

第19夜 メリー ブルー クリスマス

12月24日は英会話レッスンの日で休もうかと思っていたのだけど、 先生の帰国前で送別会も兼ねて簡単なパーティーを開く事になった。 Jujuとのクリスマスを夕方早めの食事に変更したので、少し心が重かった。

「仕方ないよ、レッスンのみんなに迷惑かかるし。全然気にせんといて」

天王寺のムゲンでジャッキーマクリーンの『WHAT'S NEW』が流れる中、 彼女から思いのほか簡単にOKが出た。 少し心が軽くなった。


当日、クリスマス気分の派手にデコレートされた梅田の街をいつものように練り歩く、 腕を絡め、白い息をはずませながら。 東通商店街の輸入レコード屋で、デビットマレーの『MING』を購入して、 その足で開店早々まだがらがらのワインバーのようなお店に到着。 もう20年以上前の事だ、店の名前は忘れてしまった。

当時の学生の身分ではあんまり足しげくは通えないお店に、 最初は何となく落ち着かなかったものの、 酔いも手伝ってお互いに言葉も滑らかに出てくるようになる。

「ねえ、ねえ、ねえ。 あたしは全然怒ってなんかないのよ。 今日もこうして時間を工夫してくれてるわけだし。 でもね。 あたしはこのお店を出たら一人で電車に乗って家に帰って、 親と一緒にテレビでバックトゥザフューチャーなんかを見るんです。 金曜ロードショー。なんちゃって‥かわいそうな私ちゃん」

彼女はこういう思いを表現するのがいつも天下一品だ。

「悪いね。必ず埋め合わせするからね」」

「うん。ホントに埋め合わせしてね。この薄幸の少女に」

「もちろんだよ。メリークリスマス」」

きざな自分が空回りしていなければ良いけどな、とちょっと思う。

でも取り敢えず、メリークリスマス。

「ねえ、ねえ、ねえ。怒らないでね」

「え? 何? 怒らないよ。滅多な事では」

「聞いてもいい?怒らない?」

「だからぁ、怒らないよ。滅多な事では」

「あのね。今日のパーティーに来るの?」

「え? 誰?」

「言わせたい?」

「だって、わかんないもの」

「うそ! うそよ! あー、あたしはやっぱり薄幸の少女だわぁ。なんちゃって。 あのね。久美先輩。今日来るの?」

「あー、彼女の事。確か来るよ」

「うーん、確か、とわざわざ言うところが何か怪しいなぁ」

「何言ってんだよ。 みんな来るんだから多分来るだろうと言ってるだけ。 別に特に個人的には確認してないよ」

「シッテルワヨ。言ってみたかっただけ。そうやって遊んでるの」

「何だよ。趣味わりーなぁ」

「良かった。電話とかしてないよね」

「してないよ。最近は」

「最近は、 か。 ま、良いか」

「あのね。彼女とはそういう関係ではないし、そういう人でもない」

「そういうつもりは?」

「あのねぇ。おまえさん目が笑ってるよ」

そう言いつつも僕は答えなかった。 答えられなかった。 そして僕にだって聞きたいことは有る。 でも今日はクリスマス。 男の子はそんな事はしない。


そんな風だけど楽しい時間だった、何となく特別な時間でもあった。

僕たちは店を出ると再び腕を絡め、 さっきよりもっと白い息を吐き出しながら 6時半過ぎの阪急電車に向かう。 改札でほんの軽く頬を合わせる。 いつもの彼女の香りがする。

「じゃあね、有難う、ここまで送ってくれて」

「どういたしまして。クリスマスに誰かを見送るなんて何かロマンチックでしょ。 あのさ、渡しそびれてたけど。はい、これ」

彼女が僕にくれたのは毛糸の手編みの帽子だった。

「大事にするよ。有難う」

改札を抜けて10メートルくらい歩いて振り返るとそこにはまだ彼女が立っていた。

「メリークリスマス。気をつけて帰ってね」

心の中でそんな風につぶやいた。


改札での何となくの別れがたさのせいで、 電車を一本乗り遅れてしまった。 僕がホームでタバコを吸っていると3番線から出て行く電車の中に 彼女の姿が有ったような気がした。 でも彼女の家は阪急電車では帰れない。 今日の思いに浸りすぎて人違いをしてしまった。


英会話教室のパーティーはそれなりに楽しい時間だった。 彼女が言うところの『久美先輩』はいつもの様にみんなの中でも一番素敵に見えた。 でもそれだけ。 僕たちはみんなの中で良き先輩後輩以外の何者でもない。 それは僕が自分勝手に作ったルールだったけど、 彼女には未だに申し訳なかったと思うけど、 それでもルールが無いよりはずっと良かった。 当時の僕にはまだ気持ちを押し殺す正義感が少しはあった。

「今日はJujuちゃんとデートしなくて良いんですか?」

「今まで会ってたよ」

「ふーん。良いなあ」

いつでもそんな風だ。 女の子は難しい。 そして彼女の無邪気さが時々ボディーブローの様に効いて来る事も有った。


10時半頃には家に帰り着いた。 ─ 風呂に入る前にまずJujuに電話しなくちゃ ─ と、そそくさと部屋着に着替えてダイヤルを回した。 おふくろさんが出た。 彼女はまだ帰っていない。 今日は先輩と食事に行った、との事。

─ 先輩? 俺? それとも? 阪急電車? クリスマス? バックトゥザフューチャー? あれ? ─

頭の中が高速回転で色んな思いや記憶を呼び起こす。そして言葉にならない。

紅茶を入れた。ムゲンで流れていたジャッキーマクリーンに針を落とした。

そして独り言。

─ 振り出しに戻る、何回目? 俺は聞かない。男の子 ─

そしてもう一言


─ メリークリスマス。ブルークリスマス。メリー ブルー クリスマス ─

MAKIN' THE CHANGES / JACKIE McLEAN

1957年 NEW JAZZ

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