ぱっとやごうのジャズ千夜一夜物語

第20夜 かげふみ(1)

毎朝、母親に昼食代の300円をもらって、高校に通っていた。 ほんの少し貯金はあったが、楽器を買うためにとっておきたかったので、一日300円で何とかやってゆくようにしていた。 男子校だったが、高校3年にもなるとそれなりのコネクションも出来たりして、難波あたりで男女3対3くらいで学校帰りにお茶を飲んだりした。 その為には、3日位前から昼食を学食の80円の素うどんで済ませなければならなかった。 110円のハイカラうどんより豪華にすると、3日間では女の子のお茶代やケーキ代が出ないのである。 まわりの仲間は何でもかんでもそういう『お茶』の情報は、どこからともなく仕入れてきては週に何回も難波や梅田に繰り出していたが、 僕はお気に入りの岡本智恵が現れると言う情報をキャッチした時以外は、図書館で勉強して帰ったり、早めに家に帰ったりした。

僕たちの高校は当時としてはめずらしい私服だったので、会う時はいつも、彼女たちは制服姿、僕たちが私服という組み合わせだった。 いつもは古着屋で買ったデニムのジャンパーに、ネルシャツ、リーバイスのストレートと決まっていた僕も、 その時ばかりは兄貴のワードローブの中から何とかサイズの合うものをチョイと拝借したりした。 ほとんど煙草は吸わなかったのだけど、そういう日には取り敢えず2ヶ月くらい前に買ったまま、本数のあんまり減っていないパッケージをポケットに押し込んだ。 仲間うちではさわやかさを良しとしない風潮が主流だったので、僕たちはいつも女の子達をうす暗くて大音量でROCKの流れる『ビートルズ』や『イギリス』、 それから『ジーセン』に連れて行った。 なぜか、『ビートルズ』のマッチはユニオンジャックで、『イギリス』のマッチはビートルズの写真だった。 僕は、『ジーセン』が一番好きだった。 ユーライアヒープ、ジェスロタル、ジミヘン、オールマン‥ そういう音を聞きながら、店の中にたむろする小汚いロック小僧と同じくらい、僕達も妙に眉間にしわを寄せたりしていたのかもしれない。

『そーいうところ』へ女の子を連れて行くことが、何となく硬派でカッコ良いように思ったし、 『そーいうところ』へ連れて行ってもらうことが、カッコ良いと思っている女の子が僕達のお友達だった。 今思い返せばまったくお呼びではない店の若い雇われマスターなんぞにも、『なんかシブイなぁ』と薄っぺらに感動したりした。 『そーいうところ』へ連れて行ってもらうのが好きな女の子達ではあったが、 ROCKの事なんてこれっぽっちも知らなかった。 薄っぺらな知識でそういう話題で知ったかぶりをするには好都合のお友達だったのかもしれない。 まだJAZZに入ってゆく前の僕のアイドルは、FOCUSというグループのJAN AKKERMANで、 あんまりHARD ROCKの話には積極的に参加しない僕も時々はそんな話に加わった。 基本的には無口だった。 何を話すのも気恥ずかしく、皆の話を聞いているだけで気恥ずかしいところさえあった。 自分が背伸びをしているにも拘わらず、そういった構図がもろに見え隠れする部分には妙に敏感だったのだと思う。 仲間が女の子の前でいつに無く張り切ってエッチの話をする時はその輪の中にいる事に格別の恥ずかしさを感じた。

岡本智恵は「西城秀樹が好き」と、背伸び系の他の女の子がちょっと恥ずかしくて言えない様な事を サラッと言ってのけたし、一番頭の切れも良かったので気に入っていた。 口数が多い方では無かったが、ちょっとした言い回し イカしているという気がした。 皆がわいわいと盛り上がる中で、僕はぼーっと音楽を聞いたり、時々煙草をくわえたりしながら、彼女を見たり見なかったりして時間を過ごした。 彼女も僕の100円ライターをカチャカチャやったり、僕の方を見て笑ったり笑わなかったりして時間を過ごしていた。

いつの間にか、皆で会う時にも、僕と彼女は一番隅っこに向かい合って座るようになっていた。 そしてようやく、というくらい知り合って随分経ってから、皆に内緒でこっそりと二人で会う約束をした。

【次週に続く】

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