ぱっとやごうのジャズ千夜一夜物語
第22夜 かげふみ(3)
信じられないくらいに僕達はよくしゃべった。 電話でやりとりをするようになってからである。 今のように携帯など無い時代、長電話をとがめる双方の家族のクレームによる中断を含むそれらの電話のやりとりは全く感動的でさえあった。 僕の質問に対する彼女の間髪を入れないイカした受け答えに比べて、彼女がたずねる事に対する僕の歯切れの悪い、そして間延びした話し方は好対照であり、 少し冴えない自分がもどかしくもあった。
「あのね。日記をつけてるの。 私ね、えっ!?と思うような男の人が日記付けてたりしたらちょっと良いなぁ、とか思うんです。 ジェイさん、まさか付けてはりませんよね?」
「ん。あのさぁ。 恥ずかしいけど9月頃にそんなノート作ってね。4〜5回だけ書いた事がある。 最初はダリ、シャガール展を見に行った時。 それからエリッククラプトンのライブに言った時。 そんな感じ」
「私とはじめて会ってくれはった時とか?」
「うん。二人でな」
「9月からやから5ヶ月で5回だから日記とは言えませんね。 『月記』っていうの有るのかしら? でも、もっと私の事とか、友達の事とか書いて欲しいな」
そんなわけで、僕は入り浸りのジャズ喫茶の落書き帳に毎日のように文字を書きなぐる様になるまでの18から20代後半まで、 習慣として延々と日記を書き続けるようになった。 20数冊を数えるそれらの日記帳の中に『岡本智恵』という名前が出てくるのは、 ほんのわずかではあるのだけれども。
【次週に続く】