ぱっとやごうのジャズ千夜一夜物語
第23夜 かげふみ(4)
「ラジオに出るから必ず聞いてね」と彼女は言った。
まだ当時は関西でしか売れていなかった笑福亭鶴瓶が、高校生を相手にしたラジオ番組だった。 その番組の中で、高校生の男女が5人ずつ出てきて色々話した後で男の子から告白する、といういつの時代でも必ずやっているようなコーナーが有った。
鶴瓶が「好きなタレントは?」とか「好きな言葉は?」とか「高校生のエッチはどこまでが許されるか?」とか言った全く月並みな質問を次々とまくしたてる。 男女それぞれがグループで応募していたらしく、女の子5人のうち3人までは僕の知っている子なので、 くだらない内容でも顔が眼に浮かぶだけで結構聞けてしまう。 「最近読んだ本は何ですか?」 という質問に男坊主どもは少年ジャンプだのプレーボーイだのかまきり夫人だのと答え、 彼女のお友達連中も別冊マーガレットだのハーレクインロマンスだのと答えていたが、 岡本智恵は僕からすれば100点だった。
「『フラニーとゾーイー』です」
鶴瓶が、「え?なにそれ?」とすぐにやり返した。
私も良く知らないんです。けど、何か優しいから好きなんです。 知ってる人のかばんに入ってるのをチラッと見かけたから買って読んでみただけですけど」
「それは小説か?」
「はい。サリンジャーと言う人の小説です」
それを聞いた鶴瓶が男坊主たちに言った。
「どや。君らの中にこの文学少女のトモエちゃんに釣り合う知性を持ち合わせた男がおるか? おい、そこのめがねのにいちゃん。 あんさんはちょっとはやり手に見えるな。 あんさんが最近読んだ真面目な本、何か言うてみぃ」
そうするとその男の子は予想外にも真面目に受け答えした。
「僕は最近三田誠広の『僕って何?』を読みました。ほんまですよ」
僕は ─ こいつは、岡本智恵に『告白』するのだな ─ と思った。
「最近不思議に思う事は何かなあー?」と、鶴瓶は聞いた。
下らないいくつかの解答の後に岡本智恵はラジオから僕に向かってしゃべっていた。
「好きな男の人がいるのに別の人の事ばっかり考えていて。 でも好きかどうかわかれへん。何かそーいう自分が不思議です。 何か○と×だけと違うっていうか‥そんなんです」
ラジオの前にいた僕はしばらく本数の減っていなかった煙草に火を付けた。 そしてあわてて窓を開けて煙を外へ吐き出した。 そんな事をしているうちにいよいよ『告白』の時間がやってきた。 5人の男坊主のうち3人が岡本智恵を指名した。 例の文学青年ももちろんその中に入っている。
「予選でっす」と、唐突に鶴瓶が言った。 何の事かと思って聞いていると、どうやらこの3人の中に付き合いたい相手がいなくても、 地球上に3人しか男がいなかったら誰を選ぶか、 というのが予選のルールだった。 お遊びとわかっていてもその時の僕には結構緊張の時間だった。
「さあ、トモエちゃん。誰や?予選を突破するのは果たして誰でしょうか?」
「あの‥」
「はいはい。誰ですか?」
「あ、あの‥」
「はいはい。誰ですか?」
「あの‥」
「はいはい‥っていつまで引っ張るんやこの子は。はよ言いなはれ」
「あの、青山さんです」
「カーッ!やっぱりな。やっぱりな。 こいつらの中でちょっとでも知性を感じさせる青山を3人の中からまず選んだ。 おい、青山。ぼーっと中途半端ににやけてんと感想一言」
「え、あ、うれしい、です」
「なんか頼りない言い方やな、本番はこれからやで。告白する勇気はあるか?」
「うん。はい。ここまで来たらやるしかないです」
「よっしゃ。その意気や。お前に30秒やるから今から何でも言いたい事言うてアピールして彼女をものにするんやで。 えーか。用意、スタート!」
「あの。あ、どーも。3人の中から選んでくれて有難う。 今日はほんまに遊びのつもりで来たんやけど、 こんなかわいい子が来てるとは思わへんかったです。 えーと。良かったら、あの、付き合ってください。 本とかも貸したり借りたりしましょう、宜しくお願いします」
めずらしく2本目の煙草に立て続けに火を付けていた僕は、 こんなちゃちな企画で嫉妬したり感情を揺さぶられるのは、 恥ずかしいような情けないような、という事を理屈ではわかりながらも 「智恵ちゃん、あかんで。あかんで」 と、心の中で、あるいは小声で呟いていた。
【次週に続く】