ぱっとやごうのジャズ千夜一夜物語

第24夜 かげふみ(5)

「NOです」

岡本智恵の返事はあっさりしていた。

さっきはまだ少しクールを装っていた僕は誰もいない自分の部屋で ─ ん、むふ、くくく、うっ、あは、うへ ─ と良くわからないけど、取り敢えずは喜びの感情表現をした。

相変わらず鶴瓶のテンポの良い声が聞こえてくる。

「えー?何でやぁ?俺は結構ええ線かなと思たんやけどなあ。ええ? わっからんわ。何でやのん?青山ちゃん、ちょっと自分で確かめてみ」

気の毒な青山君は間の抜けた声で聞いた。

「どこがあかんのですか?今後の為に教えてください」

場内の笑い声がラジオを通して聞こえてきたが、本人は至って真面目な様子だったし、 岡本智恵も真面目に答えたのだった。

「あの。すいません。感じの良い人やけど、何か普通すぎて‥すいません」

再び鶴瓶が間髪を入れずに聞き返す。

「と、言う事は、さっき言うてた智恵ちゃんが今一番気になる男と言うのは普通とちゃうわけやな。 岡八郎みたいな人か?どんな人よ。教えて、教えてえな」

「あの、上手い事よう言いませんけど。何かほんまはちょっと暗めやのに、自分をお調子者に見せかけて、 男のくせにコケティッシュというか‥あの、すいません。それでね、わざとそんな風にしてんのに自分の首締めてる時が有って、 時々はカッコ良いんです。なんか、すいません。何言うてるかわかりませんねえ‥あは」

「‥ごめん。ほんまにわからんわ。勝手にやりなはれ。それで誰に似てんの。その時々カッコええ男は?

「あの、すいません。ヨネクラマサカネ」

一部で爆笑が起こる。

「えー、それって焼肉のたれ"ジャン"に出てる人やろ。 ええ加減にしなはれや!」

「えへ、すいませーん。そやけどほんまに似てるんです。そっくり」

─ あれえ‥俺の前で言った事が無かったし。おくびにも出した事がなかったのにな ─

そうは思いつつも僕は幸せな気分でラジオに耳をすませていた。 と、鶴瓶が言った。

「よっしゃわかった。トモエちゃん、 この際やからその彼氏に言いたい事何でも言わしたげるわ。ラジオ聞いてるかもわかれへんし」

彼女は言った。

「すいません、ちょっとだけ。 あの、私と会う時には、最初に会った時みたいな普通の格好で来て欲しいんです」

「なに?そのヨネクラは羽織はかまでデートに現れるんか?」

「あほな。ちょっときばって来はるんです。 最初に会ったときは、つぎはぎのGジャン着ててジーンズにマジックでイラストみたいな落書きとかしててカッコ良かったのに‥ 最近はあんまり似合わへんのにサスーンのGパンとかはいて来はるんです。 すいません。ダウンとかもちょっとサイズ大きいし‥」

兄貴の洋服を勝手に拝借しているから、ややでかいのは当たり前なのだった。 それにしてもこの時ばかりは顔が火照ってしまったし、その後の良い教訓にもなった。

「そいつはおしゃれに気を使うくせにセンスが無いんか?」

「いえいえ、そうとちゃうんです。 ラフで着崩した感じの方がずっと似合うんです。 あ、それともう一つだけ良いですか? あの、大学受験がんばってください。 東京の大学行ったら私必ず遊びに行きます」

突然の一言だった。

油断していたのでジワーッと来てしまって、僕はうるうると目頭を震わせながら、 もう一本ベンソン&ヘッジスに火を付けた。

【次週に続く】

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