ぱっとやごうのジャズ千夜一夜物語

第32夜 かげふみ(13)

部屋のあかりを落とした僕は再び彼女の横に行き、胸から少しづつ右手を下の方へと移動させていった。 途中で何度か彼女の口から吐息が漏れ、「あの、ちょっと、困ります‥」と繰り返し言う声が聞こえたがもう止まらなかった。 僕は彼女のちいさな乳房を口に含み、舌の上で乳首をころがして、その行為に酔っていた。 そして僕の右手は遂にそのストッキングの一番上辺りまで到達した。 彼女の両手が、「いや!」と言う声と共に、僕の右手を激しく振り払ったが、僕は全くめげなかった。 もう一度右手でストッキングの上部をつかむと彼女の胸の上で、「トモエ」と普段呼び慣れない言い方でうめき声のような一言を発して思い切りその右手を『グイ!』と引きずり下ろした。 ストッキングだけを脱がせるつもりだったが ‥ 何と!その下のものまで一気に膝の上までするりといってしまった。 僕はまだその部分に一度も触れていなかったのでこの事にかなり動揺して、「アッ!」と声をあげてしまった。 しかしそこまでなってしまったものは仕方が無い。 僕はその部分を慌てて覆い隠した彼女の両手の隙間に僕の手をねじ込ませるように、グイグイと押し込んだ。 そして中指が遂にその部分に到達すると、彼女はピクリと痙攣したように小刻みに震え、「クッ」と言う様な声を漏らした。

正直言って見たかったのである。 その部分を見たかったのである。 しかしながら、さすがにそう言った行為は慎むべきものだと言う思いは心の中に残っていた。 僕はあきらめた様に両手の力を抜いた彼女のその部分をおそるおそるなぞっていた。 そしてやがてもぞもぞと自分のトランクスを脱ぎ、僕自身も一糸まとわぬ姿になった。

この時に又もや呉山君の言っていた怪しい経験談を思い出した。

「あのな、自分のを相手にさわらせたら良えねんぞ」

ほんの少し悩んだがやめにした。

やめにして良かった。

やめにして本当に良かった。

自分でも驚いた事に、僕のものはあまりの緊張に、もはや、萎えていたのである。

あまりの事に僕はおおいにあわてた。 そのうす暗い明かりの中でかすかに判別出来る、彼女の乳首を見る事やそこに唇をあてがう事で、『それ』が正常に機能する事を願ったが、あせればあせる程僕の『それ』はげんなりだった。 揚句の果てには自分の右手で刺激してみたりもしたが無駄な抵抗だった。

悲しかった。

本当に悲しかった。

僕はどうして良いか判らずにしばらく呆然としていたが、やがて彼女の体の上に彼女のフィッシャーマンズセーターを毛布のようにかけ、 やりきれない気分でもう一度彼女の頬にキスをした。 そうして不安そうな顔で僕を見る彼女に言った。

「あのな、ウソはあかんて言うたやろ。僕な、なんか、あかんねん。 全然な、出来へんねん。ごめんな。ごめんな。今日は何か変やねん。 初めてやし‥緊張しすぎて‥」

とぎれとぎれに、でも次々に出てくる僕の言葉を彼女の手が遮った。 彼女は僕の口元に手を持ってきて、『もう良いの。何も言わないで』というしぐさをした。 そして僕の眉の辺りから手のひらをスッと鼻のあたりまでゆっくりと下ろしていった。

『眼を閉じてね』

そんな感じの仕草だった。

─ 今は完全に僕のほうが幼くなってしまったな ─ と思いつつも僕はほんの少し、安心してそのまま少し眼を閉じていた。

次に目を開けて彼女の顔を見た時、彼女の眼からポロポロと涙がこぼれていた。 僕はもう一度彼女にキスをした。 彼女の涙の中にあったであろう複雑な思いもろくにわからずに、ただ優しく微笑まねば、と思ってちょっとこわばりながらもこんな風にした。 彼女もこわばった表情のままではあるけれど、唇だけ微笑み返してくれた様な気がした。

どれだけの時間そのままの姿勢で見つめ合っていたのだろう、やがて無情な電話のベルが鳴り、僕たちは我にかえってお互い無言のままそそくさと、とまでは言わない迄も、 何となく不自然なテキパキさで、それぞれの衣服を身に着けはじめた。

【次週に続く】

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