ぱっとやごうのジャズ千夜一夜物語

第33夜 かげふみ(14)

何も言わずにいつもよりは少し離れて、それでもお互い何となく並んで歩いた。 いつもの近鉄奈良線の改札迄がとんでもなく長く感じられた。 御堂筋から地下に通じる階段ところで突然、「あれ、ジェイ!」と声を掛けられた。 女の子連れのハルオだった。

「おまえ、余裕やなぁ、もうどっか合格決めたんか?」

「いや、今のとこ全滅に近い。 ハルオちゃんは?」

「んー、俺もな。すべり止めの関大受かっただけや。そやけど国立すべったらここにするわ。 ジェイ、お前しかし余裕やなぁ。智恵ちゃん、久しぶり、元気にしてた?」

「‥ あ、はい。彼女 ‥ ですか?」

ハルオはこの辺りでどうやら僕たちの様子が何だかおかしい事に気付いたらしい。

「あの、俺急ぐから。お互い決まったら電話しよな。お前ほんまにがんばれよ。ジェイ。遊び人グループの唯一の星やからな」

「あほか。でもおおきに。お前もな、がんばれよ。ほな」

「智恵ちゃんもまたね」

「あ、はい。ハルオさん、さよーなら」

ハルオとそんな風に別れてから20秒くらいした時に再び声がした。

「ジェイ 、ちょっと‥」

「何や?」と言って僕が駆け寄るとハルオはこそっと言った。

「ジェイ、お前、やったんとちゃうか?」

「あほ、やってへんわ!」

「いやぁ、俺はやったと見るなぁ」

「ふぅ、まあ何でも良えわ。今それどころとちゃうねん。また電話するわ」

「了解。そやけどあれやぞ。こんな時期はあんまり動揺せんようにせなあかんで」

「おおきに。大丈夫マイフレンド」

彼女のところへ小走りに戻ると、「ハルオちゃん、何でした?」と、さっき店を出てから初めて僕に向かって口を開いた。

「ん?、あー、俺が受かったら4人でお祝いしたるからがんばれよ、って」

「あの人とは普通の友達よりちょっと距離が近いんでしょ?」

「え?」

「ちょっと似てはるから」

「え?」

「ジェイさんに」

「俺ね、あいつは何番目かに好きやな」

スムーズに行きかけ会話だったがやはり続かなかった。 僕たちはいつの間にか近鉄難波の自動改札の前にいた。

「あ、ちょっと待って」

そう言うと僕はあわてて切符売り場に走り、70円の入場券を買って、再び彼女の処まで走って戻った。

「あ、そんな事までしてくれなくても‥」

「ん、何となく、ね」

「‥あのね‥」

「‥ん?‥」

「試験受かってね。そして結果知らせてください。約束しちゃいましたよね、試験までは今日が最後って‥」

「うん‥あのな‥」

「‥はい‥何、ですか?」

「うん、そうやな。電車に乗ったら電車の中から手振ってな、そしたら、気持ち負けんとがんばれると思う。あはっ」

彼女は何時間ぶりかでほんの少し笑いながら答えた。

「甘えん坊なんですね」

「折り紙つきや」

もう一度彼女が笑った。

「約束や。守るよ。男の子」

そう言うと僕たちは黙って地下の乗り場まで下りて行った。 そしてラッシュの人ごみをかきわけながら、一度だけ振り返った彼女は、胸の前で小さくVサインを出して電車に乗り込んだ。 でもおしくら饅頭状態の電車の中で手を振ってくれているであろう彼女の姿は、見つける事は出来なかった。

【次週に続く】

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