ぱっとやごうのジャズ千夜一夜物語
第34夜 かげふみ(15)
たったの2週間だったけど僕はやたらと勉強した。
そして試験当日、僕は同じ大学を受験する佐竹と試験会場の近くの喫茶店でモーニングを食べていた。
彼が週刊誌に熱中し始めたのを確認してから、僕は智恵がくれた『お守り』の10円マッチをポケットからもぞもぞと取り出して目をつぶって一本だけ抜き出し、 くわえていた貰い物のマルボロに火をつけた。
火のついたままのマッチの軸には、智恵の字で『必勝』と書かれていた。
僕はにやりと笑い、「必勝や」と声に出して言った。
佐竹が顔を上げてポカンとした表情で僕を見るので僕はもう一度、「必勝や、必勝なんや」と繰り返した。
ウソみたいな話では有るけれど全部出来た。 これまでに無いほど完璧に出来た。 二次試験は英語と小論文だけだし、英語だけならこれまでもそこそこの点数は取っていたけれど、 この試験の出来は僕の運を全部使い果たしちゃうんじゃないか、と言うくらい完璧だった。
試験が終わると佐竹がすぐに寄って来て、「どーやった?」と尋ねるので、「悪いけど全部出来たわ。うそみたいや」と答えた。
ちょっといやらしいかな、と思ったけど本当だから仕方が無かった。
僕は公衆電話から智恵の電話番号を回したが、いざ呼び出し音が聞こえると何となく受話器をおろした。
─ 次に声を聞くのは約束通り合格発表の日にしよう ─ そんな風に思った。
「終わった終わった!茶店でテレビゲームでもして帰るわ。どないする?」と言う佐竹と別れて、
僕は一人で何となく高校の近くの『茶房里』というエスケープのメッカだった喫茶店に足を伸ばした。 時々見かけた事のある『蘭花団』の寺田貫太郎が暇そうにタバコを吹かしていた。 はじめて話しかけてタバコの箱にサインをもらった。 やっぱり高校の先輩だった。 取り敢えず『受験』というお荷物から開放されたばかりの僕は、先日の智恵との一件を思い出しながら何本もタバコを吸った。 カウンターにいる貫太郎さんも何本もタバコを吸った。 試験の緊張感から開放された僕の頭の中は智恵への思いで爆発しそうだった。 小さな音でアルバートキングのレコードが鳴っていた。
「試験が終わって結果が出るまで。約束は守るよ」
そう言ったことをその時にはじめて悔やんだ。 そして悔やみきれない約束だった事を、その時はまだ知らなかった。
【次週に続く】