ぱっとやごうのジャズ千夜一夜物語

第41夜 スピンオフ

結局よくわからない。

僕の記憶の中の『昨日』と言う一日、その中に何かの手違いでこっそり差し込まれた数分間のフィルム映像? そんな現実離れした思いを抱くに十分な時間がそこには有った。

名古屋―出雲の直通便が無くなってからと言うもの、出雲出張は乗り継ぎがやたら面倒になった。 昨日の帰路も出雲―伊丹便で大阪に到着してから今度は空港バスに乗り換えて新大阪まで、そしてそこから新幹線、という事になるはずだった。 通常なら、、だ。


到着ゲートを抜けて『空港バス』の案内板を探していたら、ふと『モノレール』の文字が目に飛び込んできた。

─ あー、そういえばそんなものが有ったな。 ─
と思ってやり過ごし、バスの時刻表を確認したら2分前に出たばかり。次のバスまで約30分も有る。

─ ん、ついてないな。 ─
と思いつつ、ふと先程のモノレールの事を思い出した。

─ どこまで行けるのかな? ─

路線図を見てみると、大学時代に通学で毎日バスを乗り降りした『千里中央』が有る。 取り敢えずそこまで行ってみるか、と思ってモノレールに乗る事にした。 4年間通った千里中央の街並みがどのように変わったかをゆっくり眺める間もなく、 i podで聴くPat Martinoのスタンダードの曲名を思い出せないうちに、あっという間にモノレールは千里中央駅に滑り込んだ。


駅の改札を抜けて驚いた。勝手に地下鉄の改札をイメージしていたのだが、モノレールの駅は地上2階。 そしていきなり目の前に景色を現したのは『セルシー広場』、 みんなに内緒でデートをする為に、大学の外で彼女との待ち合わせ場所にしていた『セルシー広場』が、いきなり目の前に広がった。

─ うそ ‥ 25年前と一緒だな ‥ ─

心が油断してたんだな、きっと。あんまりいきなりあんな風景があらわれたので夕方のセルシー2階広場の空間に懐かしさで一人立ちすくんでしまった‥ ベンチに坐って談笑するカップル、子供連れのお母さん達、立ち食いしながら歩く高校生達、そういう景色はここ数年お目にかかることの無いものだったし、 あまりにも昔と雰囲気が変わっていないので自分ひとりが場違いに年を取ったような錯覚に陥った。


と、いつも彼女が僕を待って座っていたベンチに、まさか、と思える程彼女にそっくりな女の子が人待ち顔で座っている。 当時の彼女そのままにちょっと内股に足を閉じ、両手で体をちょっと浮かすような前傾姿勢で、すこし口をすぼめて‥


何かの間違いか、と思いながらも僕は彼女に見入ってしまった。 まるで夢の中の出来事のように時間の垣根が取り払われて、年齢を重ねた僕と当時のままの彼女が対峙している、そんな錯覚にとらわれた。 どれだけの時間、僕は彼女を眺めていただろう、麻痺した心のまま、何となく彼女に近づこうと一歩踏み出した瞬間に、僕はもう一度


「あ!」
と声を上げる。


彼女の元に、昔の僕にそっくりな、華奢でハンチングをかぶった男の子が走り寄る。 そして大阪弁で
「待った? ごめんな。 一本バス逃してもうた。」
と。  それは僕が彼女に何度となく繰り返したセリフだった。そして
「いつもの事やんか。」
と返す彼女の声に不機嫌な響きは無く、優しく穏やかだ。


デジャブ‥


彼氏のジャケットのボケットに右手をすべりこませた彼女は少しはにかみ、 彼氏の方はその表情を眩しそうに見つめながら肩を寄せ合い、二人は滑るように、あっという間に広場を後にした。 僕はと言えば 『圧倒的に』 取り残された。


気付くと誰かが広場の向こう側でアコースティックギターをかき鳴らして歌っている。 下手くそで安っぽいフォークソングを聞くともなく耳にしながら煙草を2本吸った。 そしてデジャブのような二人が歩き去った方に向かって呟いた、


─ 君たちは卒業間近の雪の朝、たまたまバス停で一緒になって学校には行かずに地下鉄で街に引き返す事になるよ。 学校帰りにバスの中で大喧嘩をして、彼女がバスを降りた途端に全速力で泣きながら走って行く事になるよ。 彼はバスの中に辞書を放りっぱなしにして慌てて追いかけるんだ‥
そしてね、何年も先の話だけど、彼の方は偶然千里中央駅に降り立って、君たちの若い頃にそっくりなカップルを見かける事になるよ。
残念ながらその頃、君達はもう一緒にいない。でも大切なのはその頃の君たちはきっと申し訳ないくらい友達や家族に恵まれている、という事かな。
そして君たちは一緒にいなくても、ちゃんとお互いがしっかり立っている事を知っていて、それを誇りに思っているという事かな。 ─

新大阪行きの地下鉄に乗り込んでi podをonにする。先程のpat martinoのアルバムの 続きだが、ふと曲名を思い出す。 そして可笑しくなって笑う。
─ あ、思い出した。♪ we’ll be together again ♪ か ‥ 出来過ぎだな ‥ ─

暮れかかる大阪の街にpat martinoのバラードがちょっと切ない。

Pat Martino / We’ll be together again

1976年 MUSE

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